公開日: 2020/03/07 9:00
更新日: 2020/04/13 16:18
石島公認会計士事務所
公認会計士・税理士
石島 慎二郎
「こ、これはマズイぞ。本当にヤバいんじゃないか、これ……。」
レンは通帳片手にうずくまっている。
「おう、孫よ、どうした?」
ヤマモトが薄くなった頭をなでながら近づいてきた。
「ヤマモトさん、今日もお買い上げありがとうございます。
いや実は、この前備品を買ったせいでお金がなくなってしまって……仕入代金が払えなくなってしまいそうなんです。」
ヤマモトは、泣きそうな顔で話すレンをじっと腕組みしながら見やった。
「よし、ここは俺が金を工面してやろう。」
「ええっ?ヤマモトさんが支払ってくれるんですか??」
ヤマモトは苦笑いしながら、
「何も金をやるって言っているわけじゃねぇ。
貸してやる、って言ってるのよ。利息はまけてやるから。」
「うう、ありがとうございます。ヤマモトさんが仏のように見えます……。」
「よせやい、まるで俺が死んじまうみたいじゃねぇか。」
そこへイチノセもやってきた。
「こんにちは。何かあったんですか?」
レンは手紙を渡したことを思い出し、緊張してしまう。一方のヤマモトは得意げに、
「こいつが高い買い物してな、資金繰りに困っているから俺が貸してやることにしたのよ。
こいつも美人の誘惑には勝てねぇってことだな!」
そう言ってガハガハと笑うヤマモト。しかし、イチノセは神妙な顔つきになる。
「美人の誘惑、ですか……。」
「そうそう、ちょうど俺も店に居合わせたんだが、えらい美人が備品の売り込みに来てな。
こいつはメロメロになって買っちまったわけよ。
その美人さんも孫のことが魅力的だのどうだの。いい感じだったじゃねぇか、この色男め!」
やたら饒舌なヤマモトに肘でこづかれたレンは、苦々しい顔をする。
「やめてくださいよヤマモトさん。店にお客さんを呼び込むためなんですから。」
「ハハハ、そうだな、店のためだもんな。じゃあ借入の件はまたあとで。
書類も準備してやるから」
レンの肩をぽんぽんと叩いてヤマモトは帰っていった。
それを見送ってから、レンはたたずまいを正してイチノセに緊張の面持ちで話しかける。
「それでイチノセさん、今日はどうしました?」
「次回の販売会のことでお話しようと思ったのですが、
何やら大変みたいなのでまた今度にしますね。」
イチノセは無表情で淡々と言い残すと、幽霊のようにスーッと店を出て行ってしまった。
「おかしいなぁ~手紙のこと、まったく気にしていないような……
いや、でもそんなはずはないし。まさか、ヤマモトさんが余計なこと言うから怒った?わけはないか……。」
居間で悶々と考え込みゴロゴロ転がっているレンに、シブサワが声をかける。
「レンよ、考えても仕方なかろう。女心は時に冷酷なもの。諦めも肝心じゃ。」
「そうですね……そうですよね。店のことがんばらなきゃ。」
とどめを刺され死んだ魚のような目になったままレンは起き上がった。
「そういえば、今日ヤマモトさんに借用書を用意してもらったんですが、
これも記録が必要ですよね。借り入れでお金が増えたということは、左側が『現金』になって……こんな感じですか?」
「ほほう、かなりわかってきたの。借入金はマイナスの財産、
支払しなければならないものだから『負債』というわけじゃな。しかしこれだけではなかろう。
支払利息はどうじゃ?今回は借り入れと同時に利息を払うことになっておったな。」
「利息は……まず、支払ったから現金が右側にくるわけですよね。
利息はずっと使う財産じゃないから費用、そうすると……」
「正解じゃ!」
「現金や預金がどっちになるか考えてからだとやりやすいですね。
お金の出入りがなければ、現金や預金を売掛金、買掛金などに置き換えればいいだけですし。」
「そうじゃの、そうやって自分なりのルールをつくっていくことが簿記上達の近道かもしれんの」
簿記はわかってきたが、イチノセのことがわからない――
レンはふと考え始め、再び悩みの渦に吸い込まれてしまった。