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コラム/ データ活用に関する一考察 第6回

中小企業診断士 福田 美詠子


2.日本のデータ活用を考える
(2)日本の文化がデータ活用に及ぼす影響

◆組織で共有される情報はデータ化されにくい

 日本は組織志向が強い文化ですが、組織の内外を分ける目安の一つに情報の共有があります。組織の外部には情報を出さず、組織内では情報を共有することが信頼の証になりますから、情報は組織に付いたものと捉えられがちで外部から見られることを嫌います。これは、⑦社会型のデータ活用が遅れた理由の一つだと思われます。個人情報は、自分のデータを所属していない組織に渡していることになるので、厳正な扱いを求めます。
 また組織内では、ハイコンテクストな文化を背景に阿吽の呼吸で意思疎通がなされます。そのため、暗黙知の形式知化につながる明文化やデータ化に消極的です。結果、データ活用しようにも、データ項目が足りないことがしばしばあります。
 社内の他部署や社外からデータを取れず、総合的な知見が得られない場合も見られます。

◆ルーティーン化されたデータ分析からは、毎回同じような結果が出てくる

 データ分析をすると、大数の法則で統計的には同じような結果が繰り返し出てくるので、目新しさが無くなってきます。分析テーマを変えていけばいいのですが、ボトムアップ的に自部署の所管範囲で設定すると、どうしても幅が狭くなります。分析できるようなデータの型に整形するまでの手間がかかるのに、それに見合ったインパクトがないと言われかねません。まして、高額なIT導入後では、組織内でデータ活用の費用対効果が疑問視されます。過去の失敗が先例となって新しいテクノロジーへの上層部の理解が得られず、データ活用に遅れが出ることもあります。

◆データから新たな発見があると、否定的に受け取られることも

データ分析で新たなファインディングがあった場合には、従来の業務を作り上げてきた人たちの方法を「否定した」と受け取られることがあります。分析結果が今までの常識にかなう場合は「分析しなくても解っていたことだ」と言われ、常識を覆す場合は「分析方法が間違っている」と言われてしまいます。
 組織内で力を持っている人の意見を支持するデータは使われ、反するデータはやり直しを命じられることもあります。組織内での強い自己主張を好まない文化なので、データを盾に正論を振りかざすのは、仲間として相応しくない行動にとられかねません。
 組織内でデータ分析が受け入れられるためには、担当者は説明責任を果たす必要があり、プロセスをブラックボックス化すると理解が得られにくく、特に⑥数学型の障害になることがあります。

◆日本的な組織論理にデータ活用は合わない?

 このように、従来の日本的な組織論理には、データ活用が適合しにくいといえます。データによって、これまで隠れていたことが見える化される面がありますから、都合が悪いこともあるでしょう。
 しかし、私見ですが、アメリカのようにならなければデータ活用ができないとは思いません。いろいろと指摘される点は、美点の裏返しでもあります。三現主義*12 は、データの示す現実を経営に活かすデータドリブン経営と同根です。日本企業の良いところはたくさんあり、今まで成功をおさめてきた文化を活かしつつDXに適応する姿に脱皮していってこそ、世界経済のなかでの存在感を確保しつづけ、生き残ることができるはずです。
 今必要なのは、組織もデータを活かせるように成長し、日本的なデータ活用のあり方をつくっていくことではないでしょうか。


* 12 現場・現物・現実の3つの「現」を重視する考え方
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